「モニターの下の平等」が生んだ「下克上」 ― コロナdrupa その2 ―

コロナによって2020年からの延期を余儀なくされ、2021年もリアルを諦め、virtualとなったdrupa。私はこれを「コロナdrupa」を呼ぶことにする。コロナの影響を色濃く受ける印刷業界と、リアルではなくオンラインで行われたことにより、我々がデュッセルドルフで見てきた従来のdrupaとは、当然ではあるが、似ても似つかぬものとなった。しかしながら、依然としてdrupaが、印刷業界の「頂点」であることに変わりがなかったと感じた4日間でもあった。コロナに叩き伏せられながらも、なんとかここで踏みとどまってvirtual drupaの実現に漕ぎつけた主催者に、大いなる敬意を表したい。
以下、徒然なるままに「出張報告」を、差し上げたい。今回は2回目である。

コロナの影響で、多くの展示会、セミナーが仮想となった。それぞれ工夫を凝らし、いかに現実の空間を仮想の世界で再現するか、あるいは少しでも近づけるか、に知恵を絞っている。今回のdrupaにおいては、徹底的なライブのセミナーが鍵であった。事前録画を出来る限り排除し、その場で喋ることにより、臨場感を出した。チャットの質問にも、臨機応変に答える場面もあった。なかには不届きにも事前録画で、最後のチャットの質問に対してのみライブというものもあったが、不思議なもので、モニター越しでも見ていれば分かる。なかには画面の切り替えが上手く行かずに泡食ったり、接続が失われて忽然と居なくなったり、ドタバタする場面も少なからずあったが、それも愛嬌の範囲であろう。主催者の苦労がしのばれるが、やはり臨場感は、何物にも替えがたい。我々PODiも、セミナーを主催する立場として、大変参考になりました。

展示会としては、どうであったか? やはり「頂点」であったか? これは率直に申し上げて、微妙と言わざるを得ない。そもそもdrupaが頂点たる理由の一つは、なんといっても規模である。今回も他の展示会と比べても、流石の出展社数を保っていたが、規模「感」に欠けていたと思う。何故か?

思えば、最初にdrupaに行って、Hall 1を見た時の衝撃は忘れられない。2階から入ってブースを見下ろすと、そこはハイデルベルグの宇宙であった。見渡す限り、全てがハイデルベルグ。埋めつくす、人、人、そして人。中を行けば、巨大な機械が行く手を阻む。当時は事務機を膨らませて、「これは印刷機だ」と言い張っていた直後の私からすると、正に度肝を抜かれたのであった。聞けばその昔はHalle 2も合わせて借り切っていたという。まさに王者の風格であろう。多くの展示会がデジタルに舵を切る中、前回のdrupa2016でヒューレットパッカードがHall 17を貸切って、ハイデルベルグを抜いてブース面積の頂点に立った。それも圧巻であった。

 

下の図は、InfoTrendsさん(当時:現Keypoint Intelligence)のdrupa2016の事前のプレゼンから引用させていただいた。2016年までの3回分のdrupaの、ブース面積の企業別ランキングが載っている。2016年はHPが最大のブースとなり、デジタル印刷があらゆる印刷技術で最大の展示面積を誇り、ここに載っているTOP10が、インクジェットをほぼほぼ代表している、とある。最後は、流石はInfoTrend、「AgfaとMuller MartiniとRicohは、ほんのもう少しでした!」とお客さんに気を使っている。

 

このようにして、各社とも展示規模の拡大に、凌ぎを削っていたのであった。莫大な費用が掛かるが、なぜそんなことをするのか? それはdrupaが、印刷業界にして最大の、リアルの、ソーシャルネットワークの「頂点」に君臨していたからだ。drupaの下部組織にはこの狭い業界に、各種中小展示会、セミナー、協会、協議会、理事会、組合、懇親会、技術懇談会、工業会、連合、果ては同窓会まで、と無限にひしめき合うソーシャル組織が存在し、活発に活動している。それらの全ての組織から、拝まれ、敬われ、信仰され、その情報発信の「頂点」と崇められている事こそが、drupaの本質であろう。そのdrupaにおいて、新たに光り輝く、あるいは光り続ける為には、人を驚かせなければならない。驚きを共感に変え、それを共有してもらわねばならない。それを伝えてくれる、drupaを頂点とするソーシャルネットワークは、既に存在している。ではどうやって驚かせるか? その為には、まだまだ時期尚早な次世代の技術を持ち込んででも、全体の規模を増やし、話題を造り、人を集めて、ブースで寿司詰めにせねばならない。そして、集まった人を、驚かせなければならない。その人々をして、口々に驚きを伝えてもらわねばならない。そうすれば、張り巡らされたリアルの業界ネットワークは、確実に作動する。情報は、あまねく隅々にまで伝わり、人も金も動く。drupaの花形の諸メーカーは、こうして業界での存在感を、押し出していかねばならなかったのであろう。これを私に教えてくれたのは(残念ながら、間接的に)、Benny Landa氏であった。彼がdrupaのステージから見ていたものは、彼の派手なプレゼンに心酔する聴衆達の先の、それを遠回しに見ている投資家であった。drupaには、それだけのブランド力が存在する。これは余談だけれども、2016年6位のKonicaminoltaは、デジタル機の大手としてスペースを占めているが、デジタル機の展示が始まる前は、Konicaとして、ご存じの校正機“コンセンサス”をdrupaに出展していた。私の時代とは外れているので見たことは無いが、驚いたことにコンセンサス(“コンセ”、あるいはデジタル対応機の“デジコン”、の方が通りがよいかもしれない)は、国内市場専用機であった。欧州でもアメリカでも売っていないものを、欧州の展示会であるdrupaに展示する? drupa未体験であった私の頭の中には、巨大な「?」が出現した。その時に受けた説明は、「日本から来たお客様のみを対象として、最新のコンセンサスをご覧いただいて、お茶とおにぎりをブースでゆっくり楽しんで頂く。そうして、日本の印刷業界での存在感を保つ。 drupa抜きでは、業界で生きていけぬ。」であった。確かに、あの広大なブースを歩き疲れ、どこも混んでいる昼飯場所で、日本人としてはピンとこないものが、かなりの高額で提供される。大手の出展者は、ブースの倉庫の中や裏側に食堂を構えている企業が多いので良いのだけれど、お客様は大変だ。歩くほどに、荷物は増える一方である。あまり日本に持ち帰っても、役に立つとは思えないカタログ類とサンプル類であるが、それを言っちゃあ御終いよ! 皆さん大事に抱えていらっしゃる。止まり木は、なかなか無い。疲れ果てたときに、日本人の顔見知りが、おにぎりとお茶をすすめてくれて、広いブースでゆったりとした席を提供されたら、それはこの世のオアシスに違いない! Konica(当時)のブランド体験は、鰻登り間違いなし!! とはいうものの、当時の私の頭の中の「?」=「現地で売ってない、また売る予定の無い物を、何故展示する?」は更に膨らみ、「???・・・」となった。その後、drupaに行くにつれ、そこが目指すべき「頂点」であることを肌で感じるにつれ、この「?」の数は減っていった。それは零に収斂することはなかったが、それほどdrupaは、魔力と強制力を伴う、恐怖の「頂点」であったのだ。今でもソーシャルメディアには、金が集まる。印刷業界のソーシャルネットワークの頂点たるdrupaの主催者にも、デュッセルドルフの街にも、金はジャンジャンと降臨したのである。

今回のvirtual.drupaを改めて振り返ると、ここが最も残念な所だろうと思われる。ソーシャルメディアというか、情報の起点たることにおいて、virtualの開催でも何ら支障はない。しかしdrupaが起点たる根源の、展示規模を拡大しようとすると、自社のExhibition Spaceの画面のスクロールを、下に伸ばすしかない。ハイデルのブースを訪ねても、見ている人のモニターが大きくなるわけではない。スクロールは、技術的には、幾らでも下に伸ばせるであろう。しかし、ここで競争は起きていまい。これが“法の下の平等”ならぬ、“モニターの下の平等”である。差別化を図り、規模を競って頂点を目指した大企業の多くが、不参加、あるいは、そこそこの展示に終始し、野心的な新製品の発表は無かった(気付かなかった、だけかもしれない。その場合はご容赦)。唯一気付いたのが、デジタル印刷機でいうと、富士フイルムのJetPress750Sが、詳細未発表ながら高速機バージョンを発表した。何が素晴らしいといって、既存既設のJetPress750Sにも高速化オプションを設定し、市場アップグレードが可能でインク交換も無用、という優れものである。これは掘り出し物であろう。思えばこの機械も、最初にdrupaに登場してからその後2回分、8年間は商売にならなかったのではないか? しかし、初回に登場した時には、人は驚き、富士フイルムの変貌を称え、大いにそのビジネスのデジタル化に貢献したのではないか? とはいえ、だからといって、drupaに出展していないと、業界から忘れ去られるような恐怖感が生まれるわけでは無い。

入れ替わって中核に躍り出たのが、中堅、伝統的、パッケージ関連の印刷機メーカーであった。トップ10のリストでいうと、8位KBA(Koenig & Bauer AG)、9位Komori、10位Bobst、これに加えてComexiが今回のdrupaを牽引したように思える。KBA、Komori、Bobstを中堅とは失礼で、業界専業大手、と呼ぶべきである。Comexiは売上非公表で従業員が500人+なので、まぁ中堅と呼ばせて頂こう。

この4社のvirtual.drupaの展示には多くの共通点が見られる。先行したデジタル印刷機大手を追撃しながら進化していくのが、伝統的アナログ印刷機メーカーの王道なのであろうか。

  • 新規デジタル機でデジタル市場に参入
  • 印刷機に加えて、後加工機市場に強み
  • IoT戦略
  • 自動化(ワークフロー+メカトロ+ロボット)
  • 遠隔診断+サービス

大手デジタル印刷機メーカーが歩んできた道を、着実にトレースしているし、ある意味では先を行っている。版交換の時間短縮、自動化においては、デジタル印刷機に対抗する執念、あるいは怨念を感じるくらい、凄い。オフセットの自動化、特に版とインク交換が進んでいる認識はあったが、フレキソの進化にも驚いた。メークレディの時間短縮、見当合わせ、ヤレ防止等は、徐々に芸術の域に達しているのではないか? 「デジタルは無版だから、小ロットに向いている」とか、呑気に言っている場合ではないかもしれない。
デジタル機戦略は、様々である。KBAがDurstと合弁を作って、非常にすばやく商品を市場に投入しているのが、印象的である。小森コーポレーションのLANDAも、ようやく立ち上がるようだ。drupaの回数として3回目で商品化は標準的かもしれない。私の記憶が正しければ、他のインクジェットもそれくらい。BobstとComexiの取り組みも興味深い。

IoTとワークフローは、これは徹底的に「自社製品ファースト」というところであろうか? 印刷機をクラウドにつないで監視し、生産性を高め、リスクを排除する、といったところが中心である。全体のワークフローの進化から見ると、第1~1.5世代であろう。製版ワークフローの延長であるKodak PrinergyやデジタルネイティブのHP OSが、第3世代に掛かろうとしているのとは明らかに異なる。(筆者注:この辺りは、今月21日の印刷学会での発表用に、これから仕込まなければいけないし、先にバラしてもまずいので、まずは失礼します。)

前回のレポートでは、パッケージへの傾斜を報告した。それと合わせて、少なくとも今回のvirtual.drupaにおいては、印刷技術の展示も、大きくフレキソに傾斜しているように、見かけ上は見える。

“モニターの下での平等”が実現したことにより、規模の拡大競争の理論が作動しなかった。それによって大手が退潮し、中堅が席巻したvirtual.drupa。これを「下克上」と呼んだ。もとよりこうなった責任は、主催者には無い。モニター越しながら、主催者は挽回に全力を尽くしていると感じる。もし読者の方が、この仮想展示会の限界を突破できる方策の知恵をお持ちであれば、今、求められているのは、あなたです。直ちに主催者にコンタクトすることを、お勧めする。drupa2024の、ひいては今後の業界の、主役になれるかもしれない。その為にvirtual.drupaには、出展者とお客さんの出会い系の広場?であるMatch Making Plaza が準備されている。主催者も自分で準備した手前、何か問いかけがあればレスはするでしょう。(保証の限りではないが、恐らく。)https://virtual.drupa.com/en/Networking_Plaza/Matchmaking/Matchmaking 

元寇による鎌倉幕府の、応仁の乱による室町幕府の、それぞれの弱体化によって「下校上」は群発し、天命は改まった。コロナの乱は、これまでの展示会の成り立ちを直撃し、流れを変えてしまうのは間違いなさそうだ。

drupaは、ひいては印刷業界は、どこを目指すのであろうか?

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